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「美味しい」と「美味しくない」を間違って使ってる人がいてもいいと思う

エッセイ

壁]*´・ω・`)ノコンチャ 

ぷりんです。

 

僕、しょーもない事を考えるのが好きなんですね。

例えば、昔から僕の中にあるしょーもない議論がこれです。

 

"「美味しい」「美味しくない」を間違って使ってる人がいてもいいと思う。"

 

「は?」ってなるじゃないですか。

それ、正常な反応だと思うので、大丈夫です。

そして、その「は?」を「あー(こいつマジでしょーもない事考えてるな)」に

変えるのが僕の仕事。

 

で、この質問。

 

(1)

何も知らない赤ん坊に「美味しい」「美味しくない」の概念を

そのまま逆に教える事は可能だと思いますか?

 

どういうことかというと、

僕達は「美味しい」と認識したもの対して「美味しい」と表現し、

「美味しくない」と認識したものに対して「美味しくない」と表現しますよね。

 

赤ん坊に特殊な教育(日常生活で「美味しい」「美味しくない」を逆に使う)

をすれば「美味しい」と認識したもの対して「美味しくない」と表現し、

「美味しくない」と認識したものに対して「美味しい」と表現するのではないか

ってことです。

 

で、僕はこれ出来ると思うんですね。

 

ここで、出来ないとなると話が終わってしまうので

出来る前提で話を進めます。

 

(2)

親と食の好みが正反対の子どもがその親の元で育った時、

上で書いた特殊な教育を受けてることにならない?

 

これが上で書いた

"「美味しい」「美味しくない」を間違って使ってる人がいてもいいと思う。"

ってことなんですけど、ちょっとあると思ったんじゃないですか?(嬉)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ実際に会った事はないので、

「美味しい」「美味しくない」の概念は

正しく親から子へ引き継がれてるんですけど。

 

そういう個人の感覚に関する概念が正しく伝わるのが

ちょっと不思議だな~なんて思ったりする話でした。

 

ヾ(・д・。)バイバイ

 

 P.S.

(1)を「出来ない」or「出来ないと思う」って方がいらっしゃいましたら、

なぜそう結論付けれる/考えるのか教えてくださいm( _ _ )m

こうして今日も僕は後悔と羨望を積み重ねている

エッセイ

壁]*´・ω・`)ノコンチャ 

ぷりんです。

 

昨日は誕生日でした。

こんな僕でも10人を超える方に祝っていただくことが出来て、

案外世の中って暖かいんだなとか思ったりしてます。

 

誕生日って昔は純粋に楽しみなイベントだったんですけど、

20歳を過ぎたあたりから

『あーまたこの日がやってきてしまったか。

僕は年相応の人間になっているのだろうか。』

的な雑念がコンタミしてきて、そのありがたみは年々薄れつつあります。

大人になるってこういうことなんですかね。

 

話は変わりますが、

世の中には『意識高い系男子』『意識高い(笑)学生』

という人種が一定数存在します。

意識/発言/視点は高いが行動や実力が伴わない人たちの事ですね。

何を隠そう、というか結構な方は気づいてると思うんですけど、僕もこの人種です。

ちゃんと痛い人種であるという事は気づいているので、

極力表には出さないようにしてるんですけど、まぁバレちゃいますよね。

ちなみにですが、僕の意識の高さは『元々そういう傾向はある気もするが、

必要性に迫られている感じもする』と親しい人に評されました。

という予防線を張るあたりが僕の意識高さを表してますよね。

と、この一行を書いてメタ認知してますよ感をだすあたりが僕のいしk (ry

 

少し話の頭が長くなりましたが、今日のお題は

誕生日という、時間の経過を意識せざるを得ない日に

意識高い系は痛いという事を忘れて

意識高い系キャラを全面に出した記事を書こう。

という事です。

まぁ誕生日は昨日なんですけどね。

 

ということで、今から皆様に消化していただくものは

『意識高さ』と『後悔』、『嫉妬』の3種盛り

        ー『鬱憤』と『自分への怒り』を添えて ー

みたいな内容になっておりますので、

嫌いな人はそっとタブを閉じてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、読んじゃうタイプの方ですね。

では、どーぞ。

 

僕は後輩に嫉妬している

 僕ね、とあるサークルに所属してたんですよ。(今はもう引退しました。)

だいたいの事はそうなのかもしれませんが、

僕の所属してたサークルは練習/勉強して技能を身につける系の内容なんですね。

1年生の頃は右も左も分からなかった後輩が、数年たった今

僕よりいい結果を出しているのを見ると

あー僕ももうちょっと練習頑張っていたら、

ああいう感じになれたかもしれんなーとか思います。

注:ここで才能論を持ち出すとややこしくなるので、成果は努力に比例するとしています。

 

僕は同年代or年下で起業した人に嫉妬している

起業って僕の中でちょっと熱いワードなんですね。

僕が大学に入学したころは大学生で起業している人はそれなりにいたのですが、

最近では、中学生や高校生で起業している人もちらほら耳にするようになりました。

僕も興味はあったんですけど、起業に興味があっただけで、

起業できる実力も理想もなかったんですね。

だから、僕は起業できるだけの実力や理想、行動力がある人が羨ましい。

 

そして、特に中高生起業家に向けてなんですけど、

『いやいや、中高生で起業するって元々そういう環境の生まれなんでしょ。』

って思ってしまう自分のクズさが嫌い。

彼ら、めっちゃ頑張ってます。

 

僕は多数の後悔を重ねてきたにも関わらず今日も後悔する

上では後輩に嫉妬している的な事を書きましたけど、

話の例えとして分かりやすいから後輩を取り上げたのであって、

後輩だけでなく世の中すべての頑張っている人に対して嫉妬しています。

そろそろ精神科に案内されそう。

 

まとめると僕は

・本気で頑張れる事が見つかっている事

・見つからずとも自分をコントロールし頑張れる事

・その頑張りによって圧倒的な進捗や成長がある事

が羨ましい。

マジで精神科に案内されそう。

1つ目はともかく、

2つ目は僕が子供である証拠、

3つ目に至ってはただの妬みですからね。

それは単純に僕が頑張っていない裏返しなんですけども。

 

そんな感じで、僕は今までの人生を振り返って、

「ああ、あの時にもうちょっと頑張っていたら何か変わっていたかもしれんなぁ」

と物思いにふけたり、

 「今この瞬間、何かに本気で取り組んでいる人はいっぱいいるんだろうなぁ」

なんて羨望の眼差しで見たりするわけです。

 

そして、それなりに頑張ってきたけど満点とは言えない今までの人生や

今日一日の時間の使い方を振り返っては一旦後悔をし、

今から頑張ればいっかと決意したりするのですが、そんな決意もむなしく、

今日はもうちょっと頑張れたよなぁと思いながら、

寝る日々を過ごしているわけなのです。

 

いろいろ思うけど、頑張って生きて行くしかないよね

そんな後悔や羨望の念を幾度も抱いている僕ですが、

まあいくら羨ましいと思ったところで、

その人の能力は得れませんし、

その人の人生を乗っ取ったりする事も出来ないわけです。

 

世の中には分相応であったり、マイペースという素晴らしい言葉があるので

ぼちぼち頑張るしかないですね。

と、無理やり良い感じに方向転換したろころで失礼します。

 

ヾ(・д・。)バイバイ

時間と上手く付き合う

エッセイ

壁]*´・ω・`)ノコンチャ 

ぷりんです。

 

人生23年目にしてようやく時間との付き合い方が分かった気がします。

なんか世界の見え方が変わったというか、凄いスッキリしました。

なので、このスッキリした気分を

僕の乏しい文章力で表そうとするも表せない記事を今から書きます。

 

「環境は違えど、万人に平等なのは1日が86400秒な事だ」

みたいなのあるじゃないですか。

これ、ホントなんですよ!

いや、分かった気がする前の僕も「この命題は真である。」と思っていたので、

分かった気がしている今の僕がホントなんですよ!って言ったところで

そうだよ。ホントだよ。って思われるだけで、

それ以上発展しないことが手に取るように分かるんですが、ホントなんですよ!

 

具体的に説明すると、

たまに「やることがいっぱいあってクソ忙しい!」

って愚痴ってる人がいるじゃないですか。

 

考え方が違うんですよ。

やることありきで考えるんじゃなくて、時間ありきで考えるんですよ。

あれもこれも全部やらなきゃダメなんじゃなくて、

自分の1日の持ち時間86400秒を使って何をするかって話なんですよ。

 

そう、僕たちは86400秒を好きにカスタマイズする権利があるんですよ!

「仕事がー」みたいな事はあるかもしれないんですけど、

それは自分の(または他人による)カスタマイズの結果なんですよ。

 

この考え方に至ってからというものの、

「やることがいっぱいあってクソ忙しい!」って愚痴ってる人には

「あーこの人は用事に振り回されてるんだなぁ」

みたいな事を思うようになったし、

「忙しくて会えないのー」って言う彼女には、

「僕と会う事より大事な時間を過ごしているのかー。

それはきっと素晴らしい時間なんだろうなぁ」

って思えるようになりました!(幸せ脳)

 

嫌なら辞めればいいんですよ!自分の人生を生きればいいんですよ!

と言ってれるのも、僕が学生だからという理由が大きい気がするので、

学生のうちに書いておきます!

 

ちなみに上で「環境は違えど、万人に平等なのは1日が86400秒な事だ

みたいな事を書きましたがちょっと嘘です。

もの凄いスピードで移動する人は違うかもしれません。

参考:

on-the-road.co

 

ヾ(・д・。)バイバイ

マジックの種明かしについて【後編】

エッセイ マジック

壁]*´・ω・`)ノコンチャ

ぷりんです。

 

に続き後編を。

 

前編ではテレビ番組のマジックの種明かしについて書きました。

後編はテレビに限らずマジックの種明かしに関して僕が思っている事を

書こうと思います。

 

僕も種明かしをするようになった話

なんだかんだいって僕も種明かしをしています。

種明かしという言葉を広義に解釈すると

①練習不足/アクシデントetc.によりバレちゃった(=過失の種明かし)

②そういうコンテンツとして見せる(=故意の種明かし)

があると思います。

 

①の意味での種明かしについて

僕は残念なタイプのマジシャンなので、腐る程してしまっています。

過失だから仕方ないじゃんっていう言い訳も出来るんですが、

種の流出という点においては故意/過失は関係ないと思うんですね。

(練習していない手品をしたのは故意とか言えますしね。)

これは凄い反省すべき種明かし。マジでごめんなさい。

 

②の意味での種明かしについて

この意味での種明かしもするようになりました。

言い訳をすると、

先人達が築いてきた大切な宝の山を削る罪悪感と

種明かしをすることで生まれるメリットを比べると、

僕は残念なタイプのマジシャンなので後者が勝っちゃうんですね。

 

どういうことかというと、

僕は、お客さんに「私にも出来る手品あるの?」と言われた時にのみ、

種明かしをしているんですが、この状況において種明かしをすることは

・単純にお客さんの知的好奇心を刺激できる

・手品をしたいというお客さんの気持ちを満たしてあげることができる

・そのリクエストに対して承諾することで僕とお客さんの距離が縮まる

というメリットがあるんですね。

 

これと比べたら罪悪感が負けて、「じゃあ、おひとつどうぞ」

となってしまいます。

ただ、やっぱり罪悪感はあるので、

宝の山を出来るだけ切り崩さない様な種にしています。

 

youtubeやサイトでの種明かしは嫌い

テレビでの種明かしは容認派になった僕ですが、

youtubeやサイトでの種明かしは嫌いです。

 

テレビでの種明かしはやっぱりテレビに出ているだけあって、

モラルのあるマジシャンがする種明かしなんですよ。

それがネットでの種明かしとくれば、

先人達が築いてきた山を平気で崩したり

売りネタを解説したりそれはもうひどいものです。

もちろん適切な範囲で公開されてる方もいらっしゃるんですけどね。

正確に書くと、youtubeやサイトでの種明かしが嫌いじゃないくて、

モラルのない奴らの種明かしが嫌い。

 

どれぐらいの情熱を持って手品の種と触れるか

マジシャンもマジックが出来る以上、

どこかでそのマジックの種を聞いた/読んだ/見たわけです。

それって種明かしに含まれないの?って話。

 

それは例えば、

本やdvd、マジシャンに直接教わるのはおっけーで

テレビやyoutubeで勉強するはNG

ということかもしれません。

 

ただこれは今の僕たちが抱いてる価値観であって、

本やdvdがなかった頃は、師弟制度だったかもしれません。

その時代の人からすれば、

手品に一生を捧げる覚悟もないのに手品の種に触れようとするか!

って思われてるかもしれません。

 

僕は上で手品の種を先人達が築いてきた大切な宝の山

とかイキった書き方をしたんですけど、

これはマジシャンだけの財産ではなく、人類の財産なんですよね。

じゃあみんなに知る権利があってもいいじゃない。

 

技術の進歩と共にシェアされやすくなっただけじゃない?

僕たちマジシャンの価値観が時代に追いつけてないだけじゃない?

的なことを思ったりもします。

 

僕たちの理想と現実の間

上の書き方で言えば、

僕は時代に追いつけないので、

僕はyoutubeやサイトでの種明かしは否定派なんですね。

ただ、僕が否定したとしても、あげる人はいっぱいいるし、

それを見る人もいっぱいいます。

もうね、正直諦めるしかないと思ってます。

 

なので、これからの時代、マジックに興味を持った人は

簡単にその知識をゲットできると覚悟した方がいいのだと思います。 

もちろんどれぐらいマジックにエネルギーを割くかによって

到達できる深さは違うでしょうが、その差も小さくなっていくでしょう。

これは手品に限らない話で本当に世の中便利になったなぁと思ってます。

 

手品の面白さは種だけじゃないんだよ。

今からやる手品の種を全部知られているとしても、

見た後に面白かったわーって言われるマジシャンになりたい。

 

ヾ(・д・。)バイバイ

マジックの種明かしについて【前編】

エッセイ 日記 マジック

壁]*´・ω・`)ノコンチャ

ぷりんです。

 

昨日、テレビで手品の種明かしがあったみたいですね。

僕のTLでは種明かし番組があると、

高確率で種明かし否定派と容認派が

意見を交わしているのを垣間見る事ができるんですが、

昨日もなかなか白熱していていい感じでした。

それを見て、僕もちょろっと意見したくなったので、

今からだらだら書き連ねる次第であります。

 

僕は種明かし容認派です。

断っておきますと、容認派ではありますが、

やって欲しいわけではなく、仕方ないよねという感じです。

そして、否定派だった時期もあるし、

もっと言えば、それを楽しみにしていた時期もありました。

ということなので、個人的にはテレビ番組の種明かしに対して抱く感情を

一通り経験したのではないかな?と思っています。

 

僕の書きたいことは次の2つです。

①僕のテレビ番組におけるマジックの種明かしに対する感情の変化

②マジックの種明かしに関して僕が思っている事

前編で①について、後編で②についての話を書きます。

 

では、早速。 

 

種明かし番組を楽しみにしていた頃の話

それはもう凄い一般的な理由です。

これがマジックの面白さの一部でもあると思うんですが、

知的好奇心が凄いそそられるんですよね。

タネを考える事、そして解答を知る事が面白いからです。

時期としては手品を始める前〜手品を初めて3ヶ月ぐらいまでです。

 

種明かし番組否定派になった理由

種明かし否定派の理由としては大きく4つあるのかなと思います。

僕がどの理由で否定派になったかは後述します。

 

①自分のマジックに支障をきたすから

自分が頑張って習得した手品がお客さんにとって不思議じゃなくなる!

という危機感っぽいやつです。

 

②タネは大切なもので、マジシャンの共有財産だから

ものすごい高い倫理観からくるものですね。

 

③マジシャンとしてどうなのよ?

あなたは手品をするためにマジシャンになったのであって、

種明かしをするためにマジシャンになったわけではないでしょ?

みたいな感じですかね。

 

④労力なくこのタネを知れる奴が発生する事にムカつく

ただの嫉妬心。

 

この中で、僕が否定派になった理由は①と④ですね。

否定派に移行した理由としては、

テレビで種明かしする程度の手品なら

種明かしされなくてもわかるようになった。というのもあります。

少し前まで番組を楽しみにしてた奴がちょっと手品の勉強したらこれですよ。

いやー、相変わらず僕って凄いクズだなー(白目

否定派の時期は手品を初めて3ヶ月〜4年目ぐらいまでですね。

結構長いですね笑 

 

容認派になった理由 

僕の場合、否定派になった理由が ①と④なので、

その部分を潰せば容認派にころっと変わるのですが、

一応②と③についても言及しておきたいと思います。

 

①「自分のマジックに支障をきたすから」に対する返し 

 やってみたらわかりますが、あんまり支障はきたしません。

理由としては

・そもそもテレビでやる手品と持ちネタが被ってないため支障をきたさない

・翌日レベルであれば覚えていますが、一週間も経てば忘れている

・魅せ方なり器用さの鑑賞なりタネを知ってても知ってるなりの楽しみがある

です。

 

種明かしを擁護するわけではないですが、

最近、困ってるんですよ〜っていう話の種にできたりします。種明かしだけに。

 

端的に言えば、

お前はテレビで種明かしされて困る程度のマジシャンでは終わらないはずだ!

お前なら出来る!もっと熱くなれよぉぉぉぉぉぉぉ!って話です。

 

②「タネは大切なもので、マジシャンの共有財産だから」に対する返し

このお題は結構深くて例えば、どこからが手品なのか?

みたいな話にも繋がったりするのですが、拡散しすぎるとダメなので

別の切り口から考えます。

 

マジシャンとしてテレビに出るってことは、

それだけマジックと向き合ってきたということであり、

種に対してのリスペクトや倫理観は十二分にあると思います。

そのマジシャンが種明かししてるんだから仕方ないって話ですかね。 

ただ最近はちゃらちゃらした奴らが増えてきてもう…

 

比較的倫理観のゆるい僕ですが、

とあるバーマジシャンがテンヨーのギミックをテレビで公開していたのを見たときは

心の中で「はい、アウトー、こいつ嫌い」って思いました。

ま、僕に嫌われたところでそのマジシャンはなんら困らないんですけどね。 

 

③「マジシャンとしてどうなのよ?」に対する返し

もし貴方がマジシャンとしてテレビに出るとします。

そのとき、番組の巨乳で美女のディレクターに

「種明かしをお1つしていただきたいのですが…」と

潤んだ目でお願いされました。

これを断れる人のみが石をなげなさい。

 

 ④「労力なくこのタネを知れる奴が発生する事にムカつく」に対する返し

改心しました。すいませんでした。

 

 

 ヾ(・д・。)バイバイ

 

 

2015.10.30追記

後編書きました→

mohumohupurin.hatenablog.com

僕は現代日本に生まれて幸せだと思う

エッセイ 日記

壁]*´・ω・`)ノコンチャ 

ぷりんです。

 

 昨日、こんな記事を見つけまして、

思った事をだらだら書こうかな~と。

blog.livedoor.jp

 

記事にも貼られていますが、元のツイートはこれです。

 

このツイートの真意を理解できているか分かりませんが、

僕は現代に、そして日本に生まれて良かったな~みたいな事を思いました。

 

昔は姥捨て山があった

その昔、姥捨て山という風習がありました。

こう書きながらも僕は姥捨て山が本当にあったかという事に対して

疑問があったので軽く調べてみたところ、

・日本においてはなかった

・カナダでは100年前に学者が確認した

・(姥捨て山ではないが、)遊牧・狩猟系民族では棄老という文化があった

(姥捨て山ではないが、)子殺し/間引きはあった

などの説を見つけました。

 

姥捨て山に限らず、

(その他大勢の)生活を守るために、

役に立たない(と思われる)人を見捨てていた

事はあったと思います。

(あったなかった議論はこれ以上は不毛だと思うので、ここではあったとします。)

 

それが技術が進化することによって、

役に立たない(と思われる)人を囲えるような時代になった

のではないでしょうか。

基本的人権の尊重健康で文化的な最低限度の生活の保障って

って結構凄い事だと思うんですよ。

 

こう偉そうに書いている僕もまだ学生で、

囲われている立場なんですけどね。

昔であれば15歳前後で元服して1人前扱いです。

それが成人は20歳になり、大学に通っていれば22歳ぐらいまでは

モラトリアムとしてそれなりに自由に過ごせます。

昔であれば、捨てられてたとしても文句言えない立場です。

良い時代、良い国に生まれました。

 

批判した人も同罪かもしれない

日本で暮らしてる分にはあまり感じませんが、

世界を見渡せば、例えば飢餓で苦しんでる人がたくさんいます。 

ツイートを見て批判出来るという事は、

電子機器を持ってたりネット環境に会ったりすると思うんですが、

とりあえず、電子機器売って、回線切ってお金作って寄付すれば?って話です。

極論になってしまうかもしれませんが、飢餓で苦しんでる人が

『貴方の役に立ったり、貴方を楽しませたりすることができていない』から

飢餓で苦しんでる人が飢餓で苦しみ続けてるのではないでしょうか。

 

僕もネット環境に身を置いてるので、

やろうと思えば回線を切ってそのお金を寄付できますし、

僕がネット環境に身を置いていることで、

人の命を救う以上の価値があるとは思えませんが、

僕はネット環境に居続けるでしょう。

という意味では、僕も同罪ですね。

 

 

最後に。

批判も多い中、素敵ツイートを見つけたのでペタリ。

 

 

ヾ(・д・。)バイバイ

憂鬱な気分を吹き飛ばす4つの方法

エッセイ

壁]*´・ω・`)ノコンチャ

ぷりんです。

 

僕、普段はへらへらしてるんですけど、

凄い落ち込む時があるんですよ。

しかも嫌な事が起こった時とかではなく不意に訪れるので、

対策不可能なんですよね。

 

大学生で言えば授業やバイト、社会人の方は仕事がある時は

それなりな強制力が働くので、うだうだする事もなく

それに取り組まないとダメなんですけど、

大学生って結構暇じゃないですか。

そんなわけで結構しっかりと

鬱な気分に浸れちゃったりするわけですね。

 

ということで、学生生活を通して数多の回数、

鬱な気分に浸り、そしてそれから脱してきた僕が

憂鬱な気分を吹き飛ばす方法をレクチャーするので

耳をかっぽじって聞くように、

じゃなくて熟読するように(`・ω・´) 

 

(1)ネットサーフィン

これはもうひたすらにだらだらネットサーフィンをします。

だらだらネットサーフィンはするんですけど、

ネットサーフィンの仕方にコツがあって、

自分が元気になるような情報が目に入るネットサーフィンをします。

 

大きく分けると3つあって

ツイッターで僕を元気にしてくれる人リストを作ってるのでそれを見る

 頑張ってる人とか尊敬してる人とかをそのリストに入れてます。

 僕もうだうだ言ってずにがんばろっかなって思えます。

 リスト作るの非常にオススメ。

・お気に入りのサイトに行く/動画を見る

 ツイッターのリストと得れる効果はほぼ一緒。

 あー愛すべきバカがここにみたいなやつもあります。

・単純に元気が出る検索をする

 僕は「ハムスター 可愛い」とか「猫 寝てる」とかで

 画像検索したりします。

 癒し効果絶大。

 

(2)天下統一する

 僕、「信長の野望」が凄い好きなんですよ。

天下統一を目指す戦国時代のシミュレーションゲームなんですけど、

ゲーム自体の難易度と自分が選ぶ大名によって、

超簡単に攻略できる状況から難しいものまで、

さらには統一どころか滅ぼされちゃったりすることもあったりします。

個人的には劣勢の状況をひっくり返すのが非常に楽しいので、

普段は難しめの状況からスタートするんですけど、

気分が落ち込んでるときは超簡単な組み合わせを選んでさくっと天下統一します。

あー天下統一しちゃったしなんでも出来るわーって気分になれます。

 

 (3)歩いてご飯を食べに行く

 満腹は人を幸せにするので、ご飯を食べましょう。

歩いてって書いてるのは、

・部屋のこもった空気じゃなくて外気をいっぱい吸って、

・長い時間日光にあたって、

・のんびり身体を動かすと

あー俺、生きてるわーって気分になれるからです。

日向ぼっこのちょっと能動的な感じですね。

 

(4)京都駅1000円ルーティーン

名前でお察しだと思いますが、僕が勝手に名づけました。

端的に書くと500円でご飯を食べて

500円でカラオケをするって話です。

お腹を満たして遊びましょうってやつです。

なんで京都駅なのかっていうと、

京都駅にはサブウェイとジャンカラがあるからですね。

 

憂鬱な気分の時って持ってるエネルギーがないので、

こんな僕じゃだめだ。もっと頑張らないとみたいな事を想って頑張っても

大して頑張れないんですよね。

今ある少ないエネルギーで自分に元気を与えるにはどうすればいいか?

みたいな事を考えた方が結果的に大きなエネルギーにつながると思います(`・ω・´)

 

憂鬱な気分になりやすい人は参考にしてみてくださいね!

あと貴方なりの脱出の仕方があればぜひ教えてください!

 

ヾ(・д・。)バイバイ